横浜地方裁判所横須賀支部 昭和38年(わ)239号 判決 1965年1月22日
被告人 ジエイムス・イ・ブロムクイスト
一九二〇・一・二二生 米国軍人
主文
一、被告人を禁錮一年二月に処する。
二、訴訟費用は全部被告人の負担とする。
三、本件公訴事実中
(一) 自動車を運転して交通事故を惹起したのに直ちにその運転を停止して、負傷者を救護する等必要な措置を講じなかつた点
(二) その際直ちにもよりの警察署の警察官に右交通事故が発生した日時および場所等法令に定められた事項を報告しなかつた点
は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は米海軍一等兵曹で、横須賀米海軍基地内海軍病院の宿舎に居住し、常時自家用普通乗用自動車の運転に従事している者であるが、昭和三八年一一月二二日午後八時三〇分頃横須賀市内のバー等で飲酒する目的で自家用普通乗用自動車(神三E四四六二)を運転して前記米海軍基地内海軍病院の宿舎から横須賀市本町二丁目二〇番地バーサクラ付近に至り、同所に右自動車を駐車させて置き、飲酒後再び右自動車を運転して前記宿舎に帰る予定のもとに付近のバーで飲酒しようとしたが、このように常時自動車の運転に従事している者が飲酒後再び自動車を運転しようとの意図をもちながら飲酒しようとするときには、飲酒の結果著しく酩酊し、自動車の正常な運転ができない状態となつて自動車を運転し、そのために不測の事故を惹起するようなことのないよう十分に意を用い、その量を加減すべき業務上の注意義務があるのにもかかわらず被告人はこれを怠り、飲酒後自動車を運転しようとの意図をもちかつ飲酒により酩酊するであろうことを認識しながら同日午後八時三〇分過頃から翌日午前零時過頃まで付近のバーゴールデン、バーグランドオスカ、バースワロー、バーチヤンピオン等で飲酒するうちに度を過し、遂に身体に呼気一リツトルにつき一・〇〇ミリグラム以上のアルコールを保有し、運動失調、言語障害、感覚純麻、注意集中困難の著しい高度の酩酊状態(責任能力のうえからいえば心神耗弱の状態)に陥り、アルコールの影響により自動車の正常な運転ができない状態となつて、その頃前記駐車しておいた自動車の運転を開始し、蛇行運動を伴う不安定な運転操作で同市内を進行し、時速約五、六十キロメートルの速度で同市深田台八四番地先道路上に至つた際、道路の右側を被告人と同一方向に向つて歩行していた梅原居鶴子(当時六四年)の存在に気付かず、道路の中央線を右に突破し、自車の前部を同女に衝突させ、その場に同女を転倒させて頭蓋底骨折の傷害を与え、その頃同所において右傷害により死亡するに至らせたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
法令を適用すると被告人の判示所為中被告人が判示注意義務を怠り飲酒した結果高度の酩酊状態に陥り正常な運転ができない状態となつて自動車を運転しそのために事故を惹起して人を死に致した点は刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、飲酒後自動車を運転しようとの意図をもちかつ飲酒により酩酊するであろうことを認識しながら飲酒した結果高度の酩酊状態に陥り正常な運転ができない状態となつて自動車を運転した点は昭和三九年法律第九一号附則第一七項、同法律による改正前の道路交通法第一一八条第一項第二号に該当する(いずれも原因において自由な行為として処罰するのであつて、刑法第三九条第二項の規定はこれを適用しない)ところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるので、刑法第五四条第一項前段、第一〇条刑法施行法第三条第三項に則り重い業務上過失致死の罪の刑に従い、その所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮一年二月に処し、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し全部被告人の負担とする。
(一部無罪の説明)
本件公訴事実中被告人が
一、自動車を運転し判示交通事故を惹起したのに直ちにその運転を停止して負傷者を救護する等必要な措置を構ぜず
二、その際該交通事故の発生した日時、場所等所定の事項をもよりの警察署の警察官に報告しなかつた
との点について当裁判所はつぎのとおり判断する。
被告人が判示交通事故を惹起した際直ちに運転を停止して負傷者を救護する等必要な措置を講ぜず、また該事故の発生した日時、場所等所定の事項をもよりの警察署の警察官に報告しなかつたことは証拠上明かであるが、道路交通法第七二条第一項によつて車輛等の運転者等に課せられている交通事故の場合の措置および報告についての義務は交通事故を惹起した車輛等の運転者等がその事故を認識したことを条件として始めてその者等に課せられるものであると解すべきである。
そこで被告人が本件事故を認識したか否かについて検討するのに、鑑定人中田修作成の鑑定書によると、被告人が本件事故に気づかないほど酩酊していたか否かは、被告人に健忘があるので、これを確定することが不可能であるが、あるいは被告人はそのときは気づいたが、後にそれを忘失してしまつたという可能性のあることが認められる。しかし本件事故の目撃者である証人駒たい子、同篠津塚広、同池上和夫等の供述によつて認められる本件事故の状況および事故後の被告人の行動の中に被告人が本件事故を認識したと推認しうるようなものの存在が認められないから、前記の可能性のみによつて被告人が本件事故を認識したと認めることは不可能である。
従つて前記公訴事実については本件事故に対する被告人の認識の点において証明が十分でなく、結局犯罪の証明がないこととなるので刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 赤穂三郎 山崎宏八 石渡満子)